東京地方裁判所 平成6年(ワ)13218号 判決 1998年12月16日
原告
甲野花子
右訴訟代理人弁護士
長塚安幸
被告
学校法人北里学園
右代表者理事
佐藤登志郎
右訴訟代理人弁護士
風間克貫
同
畑敬
同
山田洋一
同
増井喜久士
主文
一 本件訴え中、被告がした平成六年五月二七日付け懲戒処分の無効確認を求める原告の請求に係る部分を却下する。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 被告の原告に対する平成六年五月二七日付け懲戒処分が無効であることを確認する。
二 被告は、原告に対し、金八万五九〇〇円並びに内金各三八〇〇円に対する平成七年四月から平成八年三月までの毎月の各給与支給日の翌日から、内金七六〇〇円に対する平成七年七月の賞与支給日の翌日から、内金一万一四〇〇円に対する同年一二月の賞与支給日の翌日から、内金三八〇〇円に対する平成八年三月の賞与支給日の翌日から、内金各二五〇〇円に対する平成八年四月から同年八月までの毎月の各給与支給日の翌日から、内金五〇〇〇円に対する同年七月の賞与支給日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告の設置する北里大学に助教授として勤務する原告が、被告が原告に対して行った昇給停止の懲戒処分は就業規則が従業員に周知されておらず無効であること、事実誤認に基づくものであること又は懲戒権の濫用によるものであること等を理由に、同処分の無効確認及び昇給停止に係る差額賃金を請求する事案である。
一 争いのない事実等(証拠に基づき認定した事実を含む。争いのない事実については特にその旨は断らないが、認定の根拠を示すため括弧内に証拠を掲げる。)
1 当事者及び雇用関係
被告は昭和三七年二月一二日に設立された学校法人であり、肩書住所地に主たる事務所を置き、神奈川県相模原市に北里大学(以下「被告大学」という。)を設置している。
原告は、昭和五〇年四月、被告に被告大学医学部解剖学の専任講師として雇用され、以後、被告に勤務し、昭和五九年四月から、助教授となっている。
(<証拠略>)
2 亀田教授赴任前の被告大学医学部解剖学教育単位の状況
平成三年三月当時、被告大学医学部には解剖学(解剖学の学科目は、いわゆる肉眼解剖学(マクロ解剖学)といわゆる顕微解剖学(ミクロ解剖学)の二つに分類される。)の教育単位担当教授として、マクロ解剖学を専門とする寺田春水教授(以下「寺田元教授」という。)といわゆるミクロ解剖学を専門とする山科正平教授(以下「山科教授」という。)とが在籍し、被告大学医学部の解剖学の教育単位として、それぞれ寺田単位、山科単位とがあった。原告の専門はマクロ解剖学であり、原告は、寺田単位に所属する助教授であった。
3 亀田教授の赴任
寺田元教授は平成三年三月末日をもって定年退職となり、その後任に、同年四月、亀田芙子教授(以下「亀田教授」という。)が就任した。亀田教授の就任当時、亀田教授は満四七歳であり、原告は満五五歳であった。
亀田教授は寺田元教授の後を受けてマクロ解剖学を専門として担当し、被告大学医学部の解剖学の教育単位として亀田単位を主宰している。
4 亀田単位の構成員等
平成三年四月一日当時、亀田単位には、亀田教授、助教授である原告、専任講師である村上公克(以下「村上専任講師」という。)、平本嘉助(以下「平本専任講師」という。)、助手である櫻木晃彦(以下「櫻木助手」という。)の各教員がおり、その後、同年五月一日付けで採用された江川千穂(当時の旧姓広田)が助手としてそれに加わった。また、解剖学の教育単位に所属する形態系技術職員として、同年四月一日当時は藤田清松(以下「藤田技術員」という。)、石田京子(以下「石田技術員」という。)、三宅春男がおり、その後、同年九月一六日付けで採用された籾山雅夫がそれに加わった。
(<証拠略>)
5 亀田単位の担当科目
(一) 亀田教授が被告に赴任した平成三年四月当時、亀田単位が担当することになっていた学科目は以下のとおりであった(なお、一コマは九〇分)。
一年生 解剖学Ⅰ(二・三学期、一四コマ)
骨学実習(三学期、二八コマ)
二年生 解剖学Ⅱ(一・二学期、二六コマ)
解剖学実習(二学期、一三八コマ)
三年生 器官系別総合・神経系Ⅰのうちの
解剖学部分の講義(一学期、一二コマ)
脳実習・組織実習(一学期、一二コマ)
(<証拠略>)
(二) 平成三年四月当初、解剖学Ⅰ及び骨学実習の科目責任者は原告、解剖学Ⅱ及び解剖学実習の科目責任者は亀田教授であったが、その後、被告大学医学部の教育カリキュラム変更のため、平成三年度の解剖学Ⅰのコマ数が一四コマから二七コマに、骨学実習は二八コマから一五コマに変更されることとなり、それに伴い、同年六月二五日教授会の決定により、解剖学Ⅰ及び骨学実習の科目責任者は、原告から亀田教授に変更された。
平成三年度の亀田単位の右担当科目のうち、解剖学Ⅰの二七コマについては亀田教授が一コマ、原告が一〇コマ、村上専任講師が七コマ、平本専任講師が九コマを分担し、骨学実習の一五コマについては、原告が五コマ、村上専任講師が四コマ、平本専任講師が四コマ、残りの二コマの実習テストは原告、村上専任講師及び平本専任講師の三名で分担した。
(<証拠略>)
(三) また、被告大学医学部には、医学生の解剖実習用の遺体を確保するため、篤志献体活動を推進するために結成された白菊会という団体があり、その業務には白菊会懇談会、墓前祭、慰霊祭、会員拡大のための広報活動及び入会申込み手続などがあるが、それらは亀田単位の教育業務の一環であった。
6 原告の入院及び欠勤
原告は、平成三年四月一〇日、腹膜炎の緊急開腹手術のため北里大学東病院に緊急入院して手術を行い、同年四月三〇日退院した。退院時、原告は担当医から同年五月二二日まで自宅静養を命じられ、原告は同年五月一六日に出勤した外は同月二一日まで欠勤し、同月二二日出勤した。
原告は、平成三年六月二六日、医師の診断書を添付した欠勤届を被告に提出した。
(<証拠略>)
7 傷害事件の告訴等
平成四年二月七日、原告は、当時の被告大学医学部長であった佐藤登志郎(以下「佐藤医学部長」という。)に対し、同月五日亀田教授から殴打されたので入院する旨届け出た。
平成四年三月二六日、原告から相模原警察署に告訴状(傷害罪)が提出された(以下、右原告の告訴状提出に係る事件を「本件殴打事件」という。)。
(<証拠略>)
8 医学部調査委員会
佐藤医学部長は、本件殴打事件の真相解明と亀田教育単位内のトラブル解決のために、平成四年三月一〇日、被告大学医学部独自の調査委員会(以下「医学部調査委員会」という。)を設置し、本件殴打事件を中心に関係者から事実及び意見の聴取を行った。
医学部調査委員会は五人の教授から成り、同年三月一七日以降四回にわたり、亀田教授、原告、平本選任講師、櫻木助手及び広田助手からそれぞれ事情聴取を行った。
調査委員会は、調査の結果、本件殴打事件について、両者の間に何らかの物理的接触はあったと判断したが、刑事手続の終了前の段階としては、これ以上の真相究明は不可能であるとして、トラブルについての反省・改善点を付して報告書にまとめ、同年五月六日これを佐藤医学部長に提出した。
佐藤医学部長は、医学部調査委員会が設置されたころ、被告大学教養部法学担当教授であり、弁護士である奥野善彦(以下「奥野教授」という。)に殴打事件の真相調査を依頼し、奥野教授は関係者から事情聴取を行い、自らの判断を付した調査要旨及びそれぞれの事情聴取の結果を記載した上申書を作成して、佐藤医学部長に対して提出した。
医学部調査委員会の報告書並びに奥野教授の報告書及び上申書を踏まえて佐藤医学部長は、同年五月一三日、亀田教授に対して、厳重注意を与えたが(<証拠略>)、原告に対しては、本件殴打事件の捜査中ということもあり、特に何も行わなかった。
(<証拠略>)
9 原告の教育業務からの排除
平成四年七月一四日、被告大学医学部教授会は、学生に対する教育的配慮を理由として、同年四月から原告を教育業務から外す旨の決定を行い、以後、原告は一切の教育業務から外されている。
(<証拠略>)
10 「ご報告」の流布
平成四年六月三〇日、原告から、被告理事長以下九名の被告関係者に対して、「ご報告」と題する文書(<証拠略>)が郵送された。
(<証拠略>)
11 マスコミ報道
本件殴打事件についての記事が、平成四年七月八日付け毎日新聞、同日付け読売新聞(夕刊)、週刊新潮平成四年七月二三日号に掲載された。
(<証拠略>)
12 学園調査委員会の設置及び調査
平成四年九月一一日、被告理事会は、本件殴打事件の事実関係の把握、確認及び原因についての調査のため、被告大学の教授数名等からなる調査委員会(以下「学園調査委員会」という。)を設置し、関係者から事情聴取をする等の調査を行った。
(<証拠略>)
13 不起訴処分
平成五年二月二六日、横浜地方検察庁検察官検事加島康宏は、本件殴打事件の告訴について、亀田教授を不起訴処分とした。不起訴処分の理由は、「起訴猶予(ただし、暴行罪)」であった。
(<証拠略>)
14 学園調査委員会の報告
学園調査委員会は、平成五年七月二日、本件殴打事件の事実関係については確定できなかったが、亀田教授、原告及びその他の関係者数名について懲戒に付すべき事実が認められるので、懲戒委員会で吟味される必要がある旨の報告書を被告理事長に提出した。
(<証拠略>)
15 懲戒委員会の設置及び答申
平成五年七月一六日、被告理事会は、懲戒委員会を設置した。
懲戒委員会は、亀田教授及び原告に対して弁明の機会を与えた上で懲戒処分に関する審議を行い、その結果、平成六年四月二〇日、佐藤医学部長は被告の就業規則六六条により譴責の懲戒処分、亀田教授は同規則六三条三号、原告は同規則六二条五号にそれぞれ該当する旨の答申を理事会に対してした。
(<証拠略>)
16 理事会の懲戒処分の決定
被告理事会は、平成六年五月二〇日、佐藤医学部長に対し譴責の懲戒処分、亀田教授に対し「平成七年度昇給停止」の懲戒処分、原告に対し「平成七年度昇給停止」の懲戒処分(以下「本件懲戒処分」という。)を行うことをそれぞれ決定した。
(<証拠略>)
17 懲戒処分通知書及び告知書の送付
(一) 被告は、原告に対し、平成六年五月二七日付け通知書とともに、本件懲戒処分についての理由等を記載した告知書(<証拠略>)を送付し、原告は同月二八日ころこれらを受領した。また、被告は、佐藤医学部長及び亀田教授に対しても、同月二七日付け通知書とともに、各人に対する懲戒処分の理由等を記載した告知書(<証拠略>)を送付又は交付した。
(<証拠略>)
(二) 原告に対する告知書には、以下のとおり記載されていた。
告知書
医学部助教授
甲野花子殿
貴殿に対する就業規則違反行為について当理事会は懲戒委員会を設置しかつ貴殿に陳弁の機会を与えて審理を進めてきた結果、本日次の通り懲戒に処することを決定した。
主文
貴殿の次期(平成七年度)の昇給を停止する。
理由
貴殿は昭和五十九年四月医学部助教授に登用され爾来今日までその任にあたってきたものであるが、平成三年三月末日をもって定年退職を迎えることになった同解剖学寺田春水教授の後任人事につき、自らのその後を襲う希望を持っていたこともあって、医学部教授会が亀田芙子氏を外部から選任する決定をしたことに不満を持つようになり、古参の助教授として教授以下総勢九名を擁する同解剖学の教育・研究体制の維持向上につき着任間もない若い亀田教授を補弼して、その運営等につき支障なきを期す注意義務があるにもかかわらず、かえって爾後亀田教授の指導・運営の一切についてことごとく反抗する挙に出て、平成三年四月一日付をもって亀田教授が着任してからは、同教授と接触を持つこともなくいたずらに時日を経過すると同時に、
(1)同年四月十日から五月十六日迄無届にて欠勤して、新任間もない亀田教授に対して反抗的態度を顕示し、(なお、欠勤届はその後さらに一カ月余を経過した同年六月二十六日になってようやく提出された。)
(2)その他左記の通り貴殿は、亀田教授の業務上の指示命令に不当に反抗し、職場秩序を乱した。
<1> 亀田教授の赴任直後、解剖学の実習には参加せず、さらに白菊会の業務を拒否し、『それは寺田教授が決めたことなので、あなた(亀田教授)はそれに従えばいい』と発言し、一切の協力を拒否したこと、
<2> 解剖学実習説明講義や解剖学講義等教育業務の分担に関する亀田教授の依頼を常に拒絶し、
<3> 平成四年六月三十日には、事実を著しく歪曲し、自己にのみ都合よく書かれた偏頗な文書となっている「ご報告」なるもの(平成四年六月三十日付)を学園の関係者に流布し、これが同年七月八日付読売新聞等に掲載され、学園の名誉を著しく傷つける事態となった。
(3)さらに、平成四年二月上旬、亀田教授から「傷害」を受けた事実がないのに、恰も受傷行為があったかの如く装い、同年三月二十六日所属上長たる亀田教授を傷害をもって告訴したことは上司に対し反抗的態度をとった最も顕著な行動であった。
なお、この傷害の告訴は、後日(平成五年二月二十六日)横浜地方検察庁において傷害の事実はないと認定され不起訴処分となり、不当な告訴であったことを露呈するに至っている。
これら一連の甲野助教授の行為は就業規則第六十二条五号に規定された「業務上の指示命令に不当に反抗し、職場秩序を乱した」行為に該当することは明らかである。
18 その他の関係者に対する厳重注意
佐藤医学部長は、そのころ、村上専任講師、平本専任講師、櫻木助手に対し、厳重注意を行った。
19 原告の異議申立て
原告は、平成六年六月一〇日、被告に対して、本件懲戒処分について異議を申し立てたが、被告懲戒委員会は、平成六年六月一七日、右異議申立てを棄却した。
(<証拠略>)
20 原告の本訴提起等
原告は、平成六年七月五日、本件訴えを提起し、同月六日、本件懲戒処分の執行停止の仮処分命令申立てを行ったが、同年九月一九日、右仮処分命令申立てを取り下げた。
21 就業規則の定め
被告には以下のとおりの就業規則(<証拠略>)が存在する(なお、以下の就業規則の条項については昭和五四年九月二八日に改めて制定されたのち現在に至るまで改正されていない。)。
第九章 懲戒
(懲戒)
第六〇条 職員が学園の諸規程、通達その他職員の守らなければならない事項に違反したときは、次の処分を行う。
(3) 昇給停止 始末書をとり次期の昇給を停止する。
第六一条 懲戒を行う場合は懲戒委員会を設け、かつ本人の陳弁の機会を与える。懲戒委員会については別に定める。
第六二条 次の各号の一つに該当するときは懲戒解雇に処する。ただし、情状において十分に参酌の余地があるときは、諭旨退職、昇給停止、役位剥奪又は降転職にとどめることがある。
(5) 業務上の指示命令に不当に反抗し、職場秩序を乱したとき。
22 平成七年度昇給停止の処分による給与及び賞与の差額について
原告の平成六年度の給与は四級二七号であった。被告の賃金体系においては、毎年一号昇給する扱いになっており、本件懲戒処分がなければ、原告は平成七年度において四級二八号に昇給するはずであったが、本件懲戒処分により平成七年度も四級二七号のままであった。平成七年度の四級二七号の賃金は月額五五万八三〇〇円、四級二八号の賃金は月額五六万二一〇〇円なので、その差額は月当たり三八〇〇円であり、賞与が年間六箇月分支給されることになっているので、平成七年度一年間の差額は六万八四〇〇円である。また、平成八年度においては、原告は四級二九号に昇給するはずであったが、本件懲戒処分の影響で四級二八号になったにとどまった。平成八年度の四級二八号の賃金は月額五六万四七〇〇円、四級二九号の賃金は月額五六万七二〇〇円であるので、その差額は月当たり二五〇〇円であり、平成八年四月から八月までの差額の合計は、七月に支給される賞与が二箇月分であるので、一万七五〇〇円である。以上、平成七年度及び平成八年四月から八月までの本件懲戒処分による賃金の差額は合計八万五九〇〇円である。
(<証拠略>)
二 争点
1 就業規則の有効性
2 本件懲戒処分の効力
(一) 亀田教授の原告に対する指示命令権限の有無
(二) 告知書理由(1)(平成三年四月一〇日から同年五月二二日までの欠勤届けに関する事由)記載の事実の存否及びその懲戒事由該当性
(三) 告知書理由(2)<1>(亀田教授赴任直前の原告の発言等に関する事由)記載の事実の存否及びその懲戒事由該当性
(四) 告知書理由(2)<2>(解剖学実習説明講義、解剖学講義等の教育業務の分担に関する亀田教授の指示の拒否に関する事由)記載の事実の存否及びその懲戒事由該当性
(1) 原告が解剖学実習説明講義分担についての亀田教授の指示を拒否した事実の有無及び懲戒事由該当性
(2) デモンストレーション遺体解剖の実施についての亀田教授の指示を拒否した事実の有無及び懲戒事由該当性
(3) 原告が解剖学Ⅰの講義の分担についての亀田教授の指示を拒否した事実の有無及び懲戒事由該当性
(4) 原告が解剖学Ⅰの試験問題の作成についての亀田教授の指示を拒否した事実の有無及び懲戒事由該当性
(5) 原告が骨学実習の試験問題の作成についての亀田教授の指示を拒否した事実の有無及び懲戒事由該当性
(6) 原告が研究者会議における研究報告についての亀田教授の指示を拒否した事実の有無及び懲戒事由該当性
(五) 告知書理由(2)<3>(「ご報告」なる書面の流布に関する事由)記載の事実の存否及びその懲戒事由該当性
(六) 告知書理由(3)(傷害の告訴に関する事由)記載の事実の存否及びその懲戒事由該当性
(七) 処分内容の相当性及び懲戒権の濫用の有無
第三争点についての当事者の主張
一 就業規則の有効性
1 被告の主張
被告の就業規則は、昭和四七年四月一日から実施されている(<証拠略>)。
昭和五四年九月二八日に実施された就業規則は、昭和五五年五月には全教職員に配布され、その後、労働基準法九〇条の規定に従った手続を履行した上、昭和五九年四月までに各地区の労働基準監督署長への届出をし、受理されている。
被告は右配布のほか、右規則を被告大学の各学部事務室に備え付け、規則の改正等については、その都度全職員に配布している「北里学園報」にも掲載し、さらに、各教授に対し、北里学園規程集綴りとして、就業規則をも含む学園規程等を配布し、当該教授の配下にある助教授以下の教職員がいつでも閲覧しうる状態にしてあり、労働基準法一〇六条に規定する周知義務を履行している。
2 原告の主張
被告は就業規則を作成し、監督官庁に届け出て、その内容を従業員に対して周知させる義務を怠っており、就業規則は無効である。
被告は就業規則を被告大学医学部の一階事務室に保管していたが、誰も見られない状態にあり、それでは周知義務を果たしたことにはならない。
原告が就業規則の存在及びその内容を知ったのは、本件懲戒処分の対象となった行為後の平成五年一月二八日である。
したがって、就業規則を適用した本件懲戒処分も無効である。
二 本件懲戒処分の有効性
1 亀田教授の原告に対する指示命令権限について
(一) 被告の主張
被告大学医学部には講座制がないが、これは他大学の医学部における講座制が、教授に人事権、予算執行権、研究指導権、教育権、診療権等が過度に集中し、これが大学紛争の標的となったこと及び講座単位の研究は閉鎖的になりがちであって、研究者の自由な研究を阻害する弊害があったことから、形態系等の系ごとに委員会を設け、委員会による集中管理のもと、相互に研究施設の利用を認め、共同研究も行いやすくするためにしたものであって、人事管理や研究活動の指導の最終責任が教授にあることに変わりはない。
亀田教授に原告に対する指揮監督権限のあることは就業規則九条二号、一〇条二号及び五条一号からも明らかである。
(二) 原告の主張
本件懲戒処分は就業規則六二条五号を適用してなされたものである。同規定は上司の指示命令に反抗したことを内容としており、本件懲戒処分は原告が亀田教授の指示命令に反抗したことをもって懲戒の理由としている。しかしながら、亀田教授は原告の上司ではなく、原告に対して指示命令を行う権限はない。
被告大学医学部は、他の大学の医学部と異なり、講座制がない。したがって、教授、助教授は医学部長がシステムの上での直接の上司に当たり、亀田教授と助教授である原告との間には講座制がある他の医学部のように指導・監督・命令関係はない。
就業規則九条三号(「職員は所属長の命を受けて、その業務に従事する。」)にいう原告の「所属長」とは医学部長である(就業規則一〇条の一)。
2 告知書理由(1)(平成三年四月一〇日から同年五月二二日までの欠勤届けに関する事由)について
(一) 被告の主張
(1) 懲戒事由に該当する具体的事実
原告は、亀田教授の赴任直後である平成三年四月一〇日から同年五月一六日まで欠勤したが、診断書を添付した届出をせず、亀田教授から同年五月二二日の教室会議において、欠勤届の提出を指示されたにもかかわらず、「休んだことにしたくないから。」といって欠勤届の提出を渋り、右指示に素直に応じなかった。原告は、亀田教授の度重なる指示により、ようやく同年六月二六日に被告に対し欠勤届を提出するに至った。
(2) 就業規則六二条五号所定の懲戒事由該当性
右事実は提出を命じた所属上長たる亀田教授の指示に対する不当な反抗であり、就業規則六二条五号に該当する。
被告では、就業規則三九条一項、二項により、職員が欠勤する場合には、所属長を経て被告に対し、診断書を添付した所定の様式による欠勤届を提出し、被告の承認を受けなければならないことになっており、無断欠勤が三日以上に及ぶとその事実だけで同規則六三条二号に該当し、懲戒処分の対象となるので、欠勤の届出は実際にも遵守されている。
(二) 原告の主張
被告の主張(1)の事実のうち、原告が平成三年四月一〇日から同年五月一六日まで欠勤したこと(ただし腹膜炎開腹手術及び自宅療養のためである。)、原告が亀田教授の要求で同年六月二六日に被告に対し欠勤届を提出したことは認め、その余の事実は否認する。
被告大学医学部においては、助教授以上の教員が被告関係の病院に入院して、欠勤するときには、正式な欠勤届を提出しなくてもよいという職場の慣行が存在している。
原告は平成三年五月一六日に自宅療養中であったにもかかわらず、これを押して出勤し、佐藤医学部長に面会し、それまで欠勤したことの挨拶をした。このとき佐藤医学部長から欠勤届を提出するようにとの指示はなかった。
また、原告が亀田教授から欠勤届の提出を求められたのは平成三年六月二六日が初めてであり、原告は同日医師の診断書を添付した欠勤届を提出したのであって、欠勤届の提出を拒んだことはない。
以上の事実を前提にすると、被告が、原告の平成三年四月一〇日から同年五月一六日までの欠勤を無断欠勤と認定したことは、信義則に反し、告知書理由(1)記載事実は就業規則六二条五号に該当せず、それに該当するとしてなされた本件懲戒処分は懲戒権の濫用に当たる。
3 告知書理由(2)<1>(亀田教授赴任直前の原告の発言等に関する事由)について
(一) 被告の主張
(1) 懲戒事由に該当する具体的事実
亀田教授は、平成三年三月下旬、前任寺田元教授から事務引継を受けたが、その際、原告は、亀田教授に対し、自分が一年生の解剖学Ⅰ及び骨学実習の科目を担当すること、二年生の解剖学実習に参加しないこと及び白菊会の業務を行わないことを一方的に宣言した。亀田教授が科目の分担等については教授が決めることではないかとただすと、原告は、「それは寺田教授が決めたことなので、あなた(亀田教授)はそれに従えばいい。」と発言した。
(2) 就業規則六二条五号所定の懲戒事由該当性
原告が、白菊会の業務をしない旨表明したのは、白菊会は寺田元教授と原告が築いてきたものであるという原告の自負心から、原告が白菊会の業務を行わなければ白菊会の活動が停滞し、その結果遺体の確保も難しくなり、着任間もない亀田教授が困るだろうということを示すためのものである。
右事実は、原告が亀田教授に刃向かうことを示しており、出発点から亀田教授に刃向かったことは、不当な反抗であり、職場秩序の紊乱であるので、就業規則六二条五号に該当する。
(二) 原告の主張
被告の主張(1)の事実のうち、平成三年三月下旬、亀田教授が寺田元教授を訪問し、その際、原告が亀田教授と会ったことは認めるが、これは寺田元教授が原告を亀田教授に紹介したにとどまる。その余の事実は否認する。
原告が、被告主張のような発言をしたことはない。
4 告知書理由(2)<2>(解剖学実習説明講義、解剖学講義等の教育業務の分担に関する亀田教授の指示の拒否に関する事由)について
(一) 被告の主張
懲戒事由に該当する具体的事実は次のとおりである。
(1) 平成三年九月一七日に行われた山科単位と亀田単位の合同教室会議において、亀田教授は原告に対し、同月二〇日の解剖学実習説明講義を行うよう指示したが、原告は、単に「無理だ。」と言って拒絶した。
(2) 原告は、平成三年九月、解剖学実習用のデモンストレーション遺体解剖についての亀田教授からの指示を拒否した。
(3) 亀田教授は、あらかじめ平成三年九月二五日の教室会議において、解剖学Ⅰの講義分担の話合いをするので出席するようにと亀田単位の教室員全員に指示をしていたが、原告は理由を告げることなく、同日の教室会議に参加しなかった。同年一〇月二日及び九日の教室会議で、亀田教授は原告に対し、解剖学Ⅰの講義の分担を指示したが、原告は、「科目責任者がやるべきだからやらない。」と言って分担を拒否した。
原告はその後の教室員の熱心な説得によって講義の分担を認め講義を行った事情はあるが、平成三年度の亀田単位全体の講義分担は全部で六五コマであったにもかかわらず、原告の講義の分担は一〇コマであり、これは、助教授として分担すべき割合を満たすものではない。
(4) 平成四年一月二二日の教室会議において亀田教授は、解剖学Ⅰの講義を分担した原告、村上専任講師及び平本専任講師に対し、講義担当部分の期末試験問題と追試験、再試験の試験問題を提出するように依頼したところ、原告は「科目責任者が試験問題を作成すべきであるから、提出しない。」と言って拒否した。
亀田教授は、佐藤医学部長と相談の上、平成四年一月二七日付けで試験問題の提出を求める業務命令書を出したところ、原告は、亀田教授に対し、同月二九日、作成した試験問題を提出した。
(5) 平成四年一月二九日、教室会議において、亀田教授は原告に対して骨学実習試験問題提出を依頼したが、原告はこれを拒否した。原告は結局この亀田教授の依頼を無視し、試験問題を提出しなかった。
(6) 亀田教授は、月一回、教室会議の後、研究者会議を開き、各教員は、その研究結果を報告するように指示していたが、原告は、亀田教授の度重なる指示にもかかわらず、平成三年八月二八日ほか数回にわたり、月一回開かれる研究者会議での研究結果の報告を拒否し、一回も研究報告をしていない。
(二) 原告の主張
(1) 被告の主張(1)の事実のうち山科単位と亀田単位の合同教室会議が開かれた事実は認め、その余の事実は否認する。
原告が平成三年九月一七日の教室会議において亀田教授から実習説明講義を原告がするようにとの指示を受けたとの事実はない。実習説明講義は、一回だけ山科教授が代講したが、それ以外はすべて亀田教授が講義をした。
(2) 被告主張(2)の事実は否認する。
亀田教授が原告に対して解剖用デモンストレーションをするようにと指示をしたと被告が主張するのは、平成三年九月五日のことである。亀田教授の指示は、学生の面前で悪意的に半狂乱で怒鳴りながら原告に命じたものであり、正当な指示命令ではない。したがって、原告がそれに従わなかったことには正当な理由がある。
(3) 被告の主張(3)の事実のうち、平成三年九月二五日の教室会議に参加しなかった事実は認め、その余は否認する。
原告が、平成三年九月二五日の教室会議に出席しなかったのは、同日、昼から歯の治療を受けに本郷の歯科に行ったためであり、原告は、同日午前中に行われた解剖学実習に出席し、その席上亀田教授に教室会議に出席できない旨告げている。
平成三年一〇月二日及び九日の教室会議において、亀田教授は、「解剖学Ⅰと骨学実習の二科目は原告と講師二人ですべてやる。」、「講義の試験問題は分担者がやる。」と言った。これに対して、原告は、右科目の科目責任者は亀田教授になっているので、「一年生は赴任早々の教授に教えてもらえると思っているのでは。」と言ったところ、亀田教授は「講義がこなせないのか。」と怒鳴った。結局、平本専任講師が亀田教授を説得して、講義の最初の一回だけ亀田教授自身が「私が亀田です。」と顔を見せることで決着が付いた。原告は亀田教授から講義の分担を指示されたことはなく、また講義の分担を拒否したこともない。
原告は「解剖学Ⅰ」及び「骨学実習」の原告の分担部分はすべて講義を行った。
(4) 被告の主張(4)の事実のうち、原告が同月二九日に亀田教授に作成した試験問題を提出したことは認め、その余は否認する。
平成四年一月二二日の教室会議において、亀田教授は、原告に対し、解剖学Ⅰの試験問題作成に関し、何度も「あんたはもう試験問題は作らなくてもいいから」と言った。原告は、解剖学Ⅰの試験問題の作成を拒否したことはない。
(5) 被告の主張(5)の事実は否認する。
平成四年一月二九日の教室会議において、亀田教授から原告に対する骨学実習の試験問題作成に関する依頼は一切なかった。それどころか骨学実習の試験問題について原告は全く知らされていなかった。
(6) 原(ママ)告の主張(6)の事実のうち、亀田教授が、月一回、教室会議の後、研究者会議を開いていた事実は認めるが、その余は否認する。
原告は、亀田教授から研究報告の指示を受けたことは一度もない。
研究報告会は、発表の順番が助手、講師、助教授と決められており、その順に発表を行っていったが、平本専任講師が発表を行った際、亀田教授のマクロ解剖学に対する無知が露呈するに至り、研究者会議はそれを最後に行われなくなってしまい、原告の順番まで回ってこなかったので、原告は発表を行っていない。
5 告知書理由(2)<3>(「ご報告」なる書面の流布に関する事由)について
(一) 被告の主張
(1) 懲戒事由に該当する具体的事実
原告は、平成四年六月三〇日、事実を著しく歪曲し、自己にのみ都合よく書かれた偏頗な文書となっている「ご報告」と題する文書を学園の関係者に流布し、この内容が同年七月八日付け読売新聞に掲載され、被告の名誉を著しく傷つける事態となった。
(2) 就業規則六二条五号所定の懲戒事由該当性
「ご報告」の流布は、原告が自ら不当な反抗の真相をゆがめ、若しくは真実をねつ造することにより自らの行為を正当化しようとしたものであって、このことは原告が自らの行為を一切反省することがなく、更に強度の反抗を行ったことを示すものであり、就業規則六二条五号に該当する。
また、これにより真実ならざる情報がマスコミに流布されることにより学園の名誉が著しく傷つけられたことが本件懲戒処分の決定に当たり重要な情状となった。
(二) 原告の主張
被告の主張(1)の事実のうち、原告が、平成四年六月三〇日、「ご報告」と題する文書を学園の関係者に流布したことは認め、その余は否認する。
原告が「ご報告」を学内の関係部署に郵送したのは、当時、原告に対する誤った中傷の噂が飛び交っていたので、関係各部署には真実を知ってほしいと思ったからである。
平成三年当時、亀田教授は赴任後から原告を被告大学から追放しようと図り、教授の地位を悪用し、原告についての不実な悪口をあちこちに言いふらしたので、その救済のため、仕方なく「ご報告」と題する書面をもって、陳情をしたものである。この内容は真実である。
原告はマスコミ報道については全く関知していない。
原告はあくまでも被害者であり、被害者が学園の名誉を傷つけることなどあり得ない。学園の名誉を著しく傷つけたのは亀田教授の原告に対する平成四年二月五日の暴力行為である。
6 告知書理由(3)(本件殴打事件に係る告訴に関する事由)について
(一) 被告の主張
(1) 懲戒事由に該当する具体的事実
原告は、亀田教授から殴打されて受傷した事実がないのに、あたかも受傷行為があったかのごとく装い、平成四年三月二六日所属上長たる亀田教授を傷害罪で告訴した。
(2) 就業規則六二条五号所定の懲戒事由該当性
右事実は上司に対し反抗的態度をとった最も顕著な行動である。
亀田教授の行為は、狭い通路に立ちふさがり待ち受けていた原告を、自らの通行のため、手の甲で軽く振り払った際に接触したにすぎないものであり、原告の主張するいわゆる殴打事件は存在しない。虚偽の事実に基づく告訴は、亀田教授を犯罪者に仕立て上げようとする積極的な攻撃である。
告訴自体は、形式的にいえば業務上の指示命令に対する反抗そのものではないが、直前における教室会議中に解剖学Ⅰの試験問題提出の指示命令があり、亀田教授と原告との過激なやりとりに照らし、これは原告の最上級の反抗であるので、原告の右行為は就業規則六二条五号に該当する。
(二) 原告の主張
被告の主張(1)の事実のうち、原告が平成四年三月二六日に亀田教授を傷害罪をもって告訴した事実は認め、その余は否認する。
平成四年二月五日、教室会議の席上で、亀田教授は、原告に対して、同年一月二九日に原告が亀田教授に提出した解剖学Ⅰの原告の講義分担の範囲の試験問題のメモについて、「こんな試験問題しか作れない助教授」、「(大学から)出て行きなさい。」、「無能者」、「こんな問題しか作れないと公表します。」などと大声で罵倒した。
教室会議は、午後〇時五三分ころ終了したが、原告は、その際、「これはメモです。悪しからず。」と言って席を立ち、教室会議の部屋から研究室内の中廊下に出たところ、亀田教授は原告の後を追って来て、原告の右側を追い越し、前に出て室外に出ていくように見えたが、ネームプレートがあった小部屋の出入口のところで急回転して戻ってきた。そこで、原告は、亀田教授の行動に危険を感じ、とっさに向きを変えたところ、亀田教授は突然後方から原告の左側肩甲下部を不意に強打した。亀田教授は、原告を強打した後、無言で逃げるように研究室から出ていった。
原告は亀田教授の右殴打により左側胸部打撲の受傷をし、その治療のため、淵野辺病院に平成四年二月七日から同月一五日まで入院し、さらに、同月二五日から同年四月二日まで東京逓信病院整形外科にて五回にわたり通院加療をした。
原告が右行為について亀田教授を告訴したことについては、相模原警察署から原告に対して傷害罪で告訴するように強い要請があり、また、原告が平成四年三月一三日に学部長室にて佐藤医学部長に相談したところ、佐藤医学部長から「告訴は市民の権利です。」と激励されたので行ったものである。被告が右告訴を理由に懲戒処分を行うことは憲法で保障されている原告の基本的人権の侵害である。
横浜地方検察庁は亀田教授を右事件について起訴猶予処分としたのであり、亀田教授の犯罪は成立している。
また、被告は、原告の告訴を直前における教室会議中に(ママ)解剖学Ⅰの試験問題提出の指示命令と関連付けて、それに対する不当な反抗と主張するが、平成四年二月五日の教室会議の内容は亀田教授が原告作成の試験問題について教室員全員の前で原告の人格を誹謗しながら原告を不当につるし上げたというものであった上、同会議は同日午前一二時五三分ころ終了し、出席者は各々次の仕事に就くため退散し、亀田教授の原告に対する指示命令は全く存在しない状態となった上で本件殴打事件が発生したのであって、亀田教授の殴打行為は亀田教授の指示命令とは全く関係のない個人的不法行為であり、原告の告訴が業務上の指示命令に反するものであるとの被告の主張は不当である。
7 処分内容の相当性及び懲戒権の濫用について
(一) 被告の主張
これらの亀田教授の指示に対する原告の拒否は、原告が亀田教授に対して反抗的態度を示したものであり、原告が学園就業規則や講座制の意味を恣意的に解釈することによって、そもそも亀田教授の自己に対する指揮監督権の存在を認めていないことに起因するものであるから不当であることはいうまでもなく、かつ、これら一連の反抗が職場秩序を乱すこととなったものであるので、就業規則六二条五号に該当する。
原告は何らの正当事由もないのに亀田教授からの業務上の指示命令に反抗し、職場秩序を乱したものであり、原告の行為はいずれも就業規則六二条五号に該当する。
原告の亀田教授に対する反抗は、自分勝手な教授選考に対する不満に基づくものであり、亀田教授の指示命令に反抗するだけでなく、亀田教授を架空の傷害罪で告訴したこと、「ご報告」と題する文書を配布したこと、これらの原告の行為に起因して亀田単位内の混乱と相互不信が生じたこと、架空の傷害事件がマスコミに関知され、広く国民に知られるところとなり、被告の名誉が著しく傷つけられたこと等の事情に照らすと、原告の責任は極めて重大であり、就業規則六二条五号に規定するところにより、懲戒免職となっても仕方のない実質を有するものであったが、他方、亀田教授にも非があったことなどの諸般の事情を考慮して、情状において十分に酌量の余地があると認め、原告の今後の研究・教育に期待して、同条ただし書を適用し、昇給停止の処分としたものである。
以上のとおり、本件懲戒処分は、被告学園就業規則、懲戒委員会規程にのっとり、適正な手続により行われ、かつ、処分内容も適正なものであるから、原告の主張には理由がない。
(二) 原告の主張
右被告の主張は争う。
本件懲戒処分事由のうち、告知書理由(1)、(2)<1>、<2>、<3>記載の各事由については、仮にそれらの事実が認められるとしても、それは許容の範囲内のものであり被告がそれらについて昇給停止の懲戒処分を行ったことは権利の濫用として許されないものである。
第四争点に対する判断
一 確認の利益について
本件懲戒処分は昇給停止を内容とするものであるから、その無効確認を求める訴えは原則として適法である(昇給延伸の効果を伴う懲戒戒告処分の無効確認を求める訴えについて、最高裁判所昭和五二年一二月一三日第三小法廷判決民集三一巻七号九七四頁は請求を認容した第一審判決に対する控訴を棄却した原判決を破棄自判して被上告人の請求を棄却している。)。
しかしながら、本件では、原告は、本件懲戒処分が無効であることを理由にして平成七年度一年間分及び平成八年度八月分までの給与及び賞与の差額の支給を請求しているから、このような場合には、右給付請求のほか、本件懲戒処分が無効であることを前提に、口頭弁論終結時において原告が一定の給号俸の給与の支給を受けるべき雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めることが、原被告間の本件懲戒処分をめぐる法的紛争を解決するために最も有効かつ適切であると認められる。本件懲戒処分によって原告の受ける法律上の地位の不安、危険は賃金の減少であり、事実上の不利益は別としてほかにはないが、原告が既に現実に生じた不利益について差額賃金の支払を請求している以上、それ以後に生ずべき法律上の地位の不安、危険を除去するには原告の現在の法律上の地位の確認を求めるのが相当と解されるからである(その基準時は口頭弁論終結時と解するのが相当であり、その時までに生じた不利益は差額賃金支払請求の拡張によって解決すべきである。)。
したがって、右のとおり既発生の差額賃金を請求しながら本件懲戒処分の無効確認を求める原告の訴えについては、例外的に確認の利益を認めることができず、本件訴えは右の限度で却下を免れない。
二 就業規則の有効性について
証拠(<証拠略>)によれば、被告には、昭和四七年四月一日実施の就業規則(<証拠略>)が存在したが、昭和五四年九月二八日に改めて就業規則(<証拠略>)が制定、実施されたこと、この就業規則は昭和五五年五月ころ被告の全職員に配布され(<証拠略>)、被告の内部広報誌である北里学園報の同年五月二〇日号にもその旨掲載されたこと(<証拠略>)、右就業規則の制定については、昭和五九年四月までに、原告との関係では、被告の神奈川県相模原市にある事業場(相模原地区(医学部・看護学部・理学部・医療衛生学部・一般教育総合センター・事務本部が存在する。))の教職員の代表者の意見を聴取した上(被告には労働組合が存在するが、それは被告の労働者の過半数で組織されているものではなく、各事業場ごとに労働者の過半数を代表する者を選出した(<証拠略>)。)、その意見を記した書面を添付して、右事業場を管轄する相模原労働基準監督署長へ届出をしたこと(<証拠略>)、同就業規則はその後、昭和六一年四月一日及び平成四年四月一日にその一部が改正されたが、懲戒について定めた規定(六〇条ないし六六条(第八章))は改正されていないこと(<証拠略>)、同就業規則は、被告の各事業場の学部事務室に備え付けてあり、教職員はいつでも閲覧することができること、被告は各教授に対し同就業規則を含む被告の内規を納めた昭和六一年七月一一日発行の「北里学園規程集」(<証拠略>)を配布していることが認められる。
右認定事実によれば、被告は制定した就業規則について職員に周知させるために必要な措置を執ってこれを周知させたものということができる。
原告は、被告が就業規則を被告大学医学部の一階事務室に保管していたが、誰も見られない状態にあり、それでは周知義務を果たしたことにはならない旨主張するが、被告が就業規則を右事務室に備え置いておりながら、ことさらに閲覧できないようにしていたことを認めるに足りる証拠はない。
よって、原告の本件懲戒処分において適用された被告の就業規則は有効であり、この点に関する原告の主張は理由がない。
三 本件懲戒処分の有効性について
1 亀田教授の原告に対する指示命令権限について
被告の就業規則には、教育職員の職位として、教授、助教授、専任講師、助手があること(五条)、職員は自己の職位に応じて、それぞれ職責を果たさなければならず、所属長は所属職員を統括し、その業務に関して学園に対して責任を負うこと、職位において上位の者は、その所属する職員の業務を指揮監督し、所属長に対して責任を負うべきこと、職員は所属長の命を受けて、その業務に従事すること(九条一号ないし三号)、「所属長」とは学長(学部長、一般教育総合センター長、学院長)及び事務本部長をいうこと(一〇条一号)、「所属上長」とは職務上所属する職員を指揮監督する者で、第五条(職位の種類)による者をいうこと(一〇条二号)、職員は、学園の諸規程を守り所属長の業務命令に従い、越権専断にわたる行為をしてはならないこと(二九条六号)、職員は他の職員の業務を妨げたり所属上長に故意に反抗したりしてはならないこと(二九条八号)、所属職員が業務に関し懲戒を受けたときは、学園は所属長及び所属上長に対して監督責任に基づき懲戒を行うこと、ただし、所属長及び所属上長が部下の監督について過失がなかったと認められるとき、又はこれを防止する方法を講じた場合においてはこの限りでないこと(六六条)が規定されている(<証拠略>)。
前記第二、一(争いのない事実等)、4において記載したとおり、平成三年四月一日現在、被告大学医学部解剖学の教育単位として亀田単位と山科単位があり、亀田単位には教授として亀田教授、助教授として原告、専任講師として村上専任講師、平本専任講師、助手として櫻木助手が所属しているが、前記のとおり「所属上長」とは職務上所属する職員を指揮監督する者で、第五条(職位の種類)による者をいうこと(一〇条二号)と就業規則に規定されていることによれば、原告の所属上長は亀田教授であったと認められる。
そして、前記認定の就業規則の規定のうち、職位において上位の者は、その所属する職員の業務を指揮監督し、所属長に対して責任を負うとの規定(九条二号)及び所属職員が業務に関し懲戒を受けたときは、学園は所属上長に対して監督責任に基づき懲戒を行うとの規定(六六条)とからすると、所属上長には部下に対する指揮監督権限及びその義務があると解するのが相当である。
したがって、所属上長である亀田教授には原告に対する指揮監督権限及びその義務があり、右指揮監督の中には指示・命令も含まれるものと解される。
これに対して、原告は、被告大学医学部はいわゆる講座制を敷いていないことを根拠に亀田教授の原告に対する指揮監督権限の存在を否定する。
たしかに被告大学医学部の研究体制については、医学部研究運営内規(<証拠略>)及び系部長の職務内規(<証拠略>)により、被告大学医学部創立の理念に基づき、研究者相互間の協調を基盤として自主的、創造的かつ総合的な研究の進展を図るため、総合研究を推進すること、創意に満ちた各個研究を尊重すること、機械、機具及び研究の場の共同利用を進めること及び研究の成果に関する責任を明確にすることを方針とし、具体的には被告大学医学部の研究の単位となる研究組織として「研究単位」を、施設の管理運営のための組織として研究技法及び研究内容によって区分した形態系、生物物理系、生物科学系などの「研究系」を置き、研究単位にはその長として主任研究員を、研究系にはその長として系部長を置くなどし、研究内容の指導助言については、研究者の属する主任研究員が随時これを行うこと、研究系運営上の統括、調整のために系部長は主任研究員及び事務責任者に対して機能的指示を行うことが定められており、また、教授会の下に審議機関としての総務委員会、人事委員会、教育委員会、研究委員会等が置かれていることなど(<証拠略>)、各講座のトップである教授に人事権、予算執行権、研究指導権、教育権、診療権が集中するいわゆる伝統的な講座制とは異なる研究体制を敷いていることが認められる。
しかしながら、前記の就業規則の規定及び証拠(<証拠略>)によれば、被告大学医学部がいわゆる講座制とは異なる研究体制を敷いているのは、その弊害を除去し、自主的、創造的かつ総合的な研究の進展を図ること及び高度に細分化された医学を総合的に統一された姿で教育することを目的とするものであり、各専門分野についての教育の運営の単位は必要であり、現に教育単位として存在し、研究単位と一致することが認められるのであって、各教育単位の長である教授がその配下にある助教授以下の教員に対する指揮監督権限を有することを否定する理由はない。
したがって、原告の前記主張は理由がない。
2 告知書理由(1)(平成三年四月一〇日から同年五月一六日までの欠勤届けに関する事由)について
(一) 前記争いのない事実等(第二、一、6)に証拠(<証拠・人証略>)を併せ考えると以下の事実が認められ、これに反する証拠(<証拠・人証略>)は採用することができない。
原告は平成三年四月一〇日に腹膜炎の治療のために北里大学東病院に入院し、同月三〇日退院したものの、担当医師に、同年五月二二日まで自宅静養を命じられ、その間、被告を欠勤した。
原告は、平成三年四月一〇日、入院した病院の看護婦及び亀田単位の藤田技術員を通じて、被告大学医学部に対し、入院した旨の連絡を取り、亀田教授は、同日、被告大学医学部長秘書からその旨の連絡を受けた。
亀田教授は、原告が、平成三年五月二二日に出勤したので、同日の教室会議の席上において、原告に対して右欠勤についての欠勤届を提出するように求めたが、原告は同年六月二六日に至って欠勤届を提出した。
亀田教授は、原告に対し、平成三年六月五日及び同月一二日の教室会議の際に繰り返し欠勤届の提出を指示したが、原告は、亀田教授に対し、過去に原告が胆石手術のために欠勤した際に欠勤届を提出しなかったことを例に出し、今回も欠勤扱いとならないよう欠勤届は出したくない趣旨の発言をした。
被告の就業規則(<証拠略>)には、欠勤の手続について以下のとおりの規定がある。
第三九条 傷病その他やむを得ない理由によって欠勤するときは、事前にその理由及び予定日数を所定の様式により、所属長を経て学園へ届出て承認を得なければならない。ただし、突発的理由により欠勤する場合は、原則として欠勤当日の始業時刻後一時間以内に、所属上長に連絡して承認を得なければならない。この連絡を怠った場合は、無断欠勤として取扱うことがある。
2 病気欠勤の場合は、前項の届出に医師の診断書を添付しなければならない。この場合、学園が指定する医師の診断を受けさせることがある。
(二) 原告は、被告大学医学部では教授又は助教授が被告関係の病院に入院して欠勤する際には正式な欠勤届を提出しなくてもよい職場の慣行が存在していたことを主張し、証拠(<証拠・人証略>)によれば過去にそのような取扱いがなされたことがあったことが認められる。
しかしながら、前記のとおり就業規則には欠勤する場合には医師の診断書を添付した欠勤届を提出しなければならないとの規定があり、教授及び助教授について同規定の適用を除外する旨の規定が存在しない以上、過去に行われた取扱いは教授等の地位の高いものについて便宜上なされたあくまでも例外的な措置にとどまり、上長から正式な欠勤届を提出するように指示された場合には就業規則の規定に従って提出することを要するものというべきである。
結局、原告主張のような慣行があったことまで認めるに足りる証拠はない。
(三) そうすると、原告は、亀田教授から正式な欠勤届の提出を指示された以上、それに従い速やかに欠勤届を提出すべきであったにもかかわらず、亀田教授の指示から一箇月余り経過した後に提出したのであるから、亀田教授の指示に忠実に従ったものとはいえない。
しかし、亀田教授は欠勤届の提出を受ける以前から事実上、原告の欠勤の理由を知っており、その理由も病気という正当なものであったこと、過去に原告が胆石手術のために欠勤した際に欠勤届を提出せず処分された形跡もないこと、また原告も平成三年六月二六日には一応欠勤届を提出したことに照らせば、欠勤届を提出しなかったからといってこれをもって直ちに原告が業務上の指示命令に不当に反抗し、職場秩序を乱したことになるということは難しい。
もっとも亀田教授と原告との間にこの件に関し多少のいざこざがあり、そのことによって亀田教授の感情が害されたことは否定できないが、そのことが亀田単位内部に波及し、その秩序が乱されたとまではいえないのであって、他にこれを認めるに足りる証拠もない。
したがって、告知書(1)に関し、被告が懲戒事由に該当するものとして主張する具体的事実は就業規則六二条五号に該当しないというべきである。
3 告知書理由(2)<1>(亀田教授赴任直前の原告の発言等に関する事由)について
亀田教授が平成三年三月下旬寺田元教授を訪問し、その際原告が亀田教授と会ったことは当事者間に争いがない。
(証拠略)の記載及び(人証略)の供述中には被告の主張に沿い、右の機会に原告が亀田教授に対し、一年生の解剖学と骨学実習を原告が科目責任担当者として担当し、二年生の解剖学実習には参加せず、白菊会の業務は一切行わない旨を発言したこと、それに対して亀田教授が、科目の担当と分担は教授が決めることで、助教授が決めることではない旨反論すると、原告は、それは寺田元教授が決めたことなので亀田教授はそれに従うべきである旨述べたこと、以上の趣旨の部分がある。
しかしながら、(証拠略)の前記記載部分及び(人証略)の前記供述部分は、(証拠略)及び原告本人尋問の結果に照らしてたやすく採用することができず、かえってこれらの証拠によれば、平成三年三月二六日、亀田教授が被告大学医学部に来訪し、寺田元教授から引継ぎを受けた際、当時の寺田単位の教員が一人ずつ寺田元教授によって亀田教授に紹介され、原告も亀田教授に紹介されたこと、その際寺田元教授が亀田教授に対し、一年生の解剖学と骨学実習はそれまで甲野助教授が担当していたことを告げ、できれば亀田単位でも続けさせてほしいと述べ、原告は黙ってこれを聞いていたこと、以上の事実を認めることができる。
もっとも、(証拠略)によれば、寺田元教授は亀田教授を相手に著作権侵害がされたと主張して係争中であることが認められ、この事実に照らすと(証拠略)の記載の信用性が問題となるが、(証拠略)によれば、亀田教授の着任後の教室会議では当初亀田教授が攻撃的であり、原告は防戦に追われるような状況であったことが認められ、この事実も併せて考えると、前記認定の限度では(証拠略)はこれを採用することができる。
したがって、被告の主張は、その前提となる事実を欠くものである。
また、平成三年三月二六日当時亀田教授は福岡大学医学部助教授の地位にあり、いまだ被告大学医学部の教授に着任していなかったのであるし、原告が被告の主張するような発言をしたとしても、これをもって業務上の指示命令に反したということはできないから、「業務上の指示命令に不当に反抗し、職場秩序を乱したとき」(就業規則六二条五号)に該当する余地はないといわざるを得ない。
4 告知書理由(2)<2>(解剖学実習説明講義、解剖学講義等の分担に関する亀田教授の指示の拒否に関する事由)について
(一) 事実関係
前記争いのない事実等及び証拠(<証拠・人証略>)を総合するとこの点に関して以下の事実が認められ、これに反する証拠(<証拠・人証略>)は採用することができない。
亀田教授が赴任してきた年である平成三年度の被告大学医学部における解剖学の亀田単位が担当する実習としては、一年生の骨学実習(三学期、平成四年一月二七日から同年二月七日まで、一五コマ)、二年生の解剖学実習(二学期、平成三年九月二日から同年一二月一三日までの間、一三八コマ)、三年生の器官系別総合・神経系Ⅰのうちの脳実習・組織実習(一学期、平成三年五月一四月から同月二二日までの間、一二コマ)があった。
平成三年四月当初、骨学実習の科目責任者は原告、解剖学実習の科目責任者は亀田教授であったが、その後、被告大学医学部の教育カリキュラム変更のため、骨学実習は二八コマから一五コマに変更されることとなり、それに伴い骨学実習の科目責任者は、同年六月二五日、教授会の決定により原告から亀田教授に移された。
解剖学実習は平成三年九月二日から同年一二月一三日まで行われ、予め実施日ごとに最低でも四名以上の教員が担当者として決められており(実施日によっては午前、午後で分けて分担が決められている日もあった。)、原告は、その七割以上の実施日において担当者に加えられていた。
寺田元教授の下で行われた前年度の解剖学実習では、実習の開始直後、ビデオテープなどの教材を用いて、当日行う実習の内容・方法等を学生に示した上で行われており、教授、助教授又は専任講師による講義を行うことはなかったが、亀田教授の下で行われた平成三年度の右解剖学実習では、毎回、実習の初めに三〇分程度その日の実習内容・手順等について説明する講義が行われた(以下、この講義を「実習説明講義」という。)。実習説明講義は図を用いて行われることが多く、図をビデオカメラで撮影し、それを教室内に設置されたテレビモニターに映すことによって、実習を行う学生に示すという方法が採られていた。
平成三年九月三日までは、特に何らかの異常事態が生じることなく行われたが、同月四日の解剖学実習の開始直前、亀田教授が平本専任講師に対して、ビデオカメラの操作を指示したところ、平本専任講師は、事前の連絡がなく当日急に言われたことからビデオカメラの操作をすることができない旨主張し、右指示に従わなかった。これに対し、亀田教授は右指示に従わないことをとがめ、平本専任講師に対して、それ以降の解剖学実習への参加を禁止する旨申し渡した。
同月五日の解剖学実習は、原告及び櫻木助手も参加して行われたが、前日に亀田教授が解剖学実習への参加を禁止したはずの平本専任講師も解剖学実習室に姿を見せたため、亀田教授は、別室(解剖実習室の準備室)において、平本専任講師に対して、参加禁止の指示に従わないことをとがめたところ、原告及び櫻木助手が同室に入室して来て、亀田教授に対して、平本専任講師の参加を禁止したことについて強く抗議した。同人らの亀田教授に対する激しい抗議は執拗に続き、亀田教授が、同室を出て、解剖学実験室、動物実験室に移動しても、原告、平本専任講師及び櫻木助手の三名はそれに従って移動しつつ抗議を継続し、亀田教授も、右抗議に反論するなどしてしばらく激しい口論が行われた。
また、同日午後の解剖学実習指導中、亀田教授が原告及び櫻木助手に対して質問をしたことを契機として、激しい口論が行われた。亀田教授は、原告及び櫻木助手との口論の中で、原告及び櫻木助手に対して、翌日以降、解剖学実習に参加することを禁止する旨告げた。
原告、平本専任講師及び櫻木助手は、右亀田教授から解剖学実習への参加を禁止されたことにより、同年九月六日、九日、一〇日、一一日、一二日、一三日の五日間解剖学実習を欠席した。
同年九月一七日、右のような亀田単位内の混乱を収拾するために、亀田単位と山科単位の合同教室会議が開かれ、その席上、亀田教授は、原告及び櫻木助手に対して、学生の前で注意をしないことを約束し、以降の解剖学実習は当初の分担予定どおり行うことを確認し、原告、平本専任講師及び櫻木助手もその翌日(同月一八日)から分担予定に従って参加するようになった。
被告は、亀田教授が原告に対して解剖学実習の参加を禁止したことはないと主張し、(人証略)もそれに沿う証言をするが、それまで解剖学実習に出席していた原告が急に不参加となったこと、平成三年九月一七日に亀田単位と山科単位の合同教室会議が行われ、そこで亀田教授が原告及び櫻木助手に対して学生の前で注意しないことを約束し、解剖学実習を当初の分担の予定どおり行うことを確認したこと(<証拠略>)及び(証拠略)に照らすと、(人証略)の前記供述部分はたやすく採用することができず、他に前記認定に反する証拠はない。
(1) 解剖学実習説明講義の分担について
平成三年九月一七日、亀田単位と山科単位の共同教室会議において、亀田教授は原告に対して実習の最初に行う実習説明講義を少し分担して欲しい旨告げ、「取りあえず、§二五胸腰筋膜と固有背筋、§二六後頭下の筋、§二七脊柱管を開く、の説明講義をしてください。」と依頼した。寺田元教授の指導していたころは実習説明講義を行っておらず、亀田教授が就任してから実習説明講義を行うことが決定されたものであり、原告は、「従前行っていなかったことなので、最初の年は、実習書をまとめた本人がすべて実習講義を行って手本を示すべきだ。」との趣旨を述べて依頼を拒否した。結局、平成三年度の解剖学実習における実習説明講義はすべて亀田教授が行うことになった。
(2) デモンストレーション解剖実施の指示について
平成三年九月ころ、亀田教授は原告、平本専任講師、櫻木助手に対しデモンストレーション(学生の理解の便宜のために手本を示すもの)及び解剖学実習試験のため遺体解剖を行うように依頼したが、原告外二名はその必要がないとしてこれを拒否した。
(3) 解剖学Ⅰ講義の分担について
平成三年四月当初、解剖学Ⅰ及び骨学実習の科目責任者は原告、解剖学Ⅱ及び解剖学実習の科目責任者は亀田教授であったが、その後、被告大学医学部の教育カリキュラム変更のため、平成三年度の解剖学Ⅰのコマ数が一四コマから二七コマに、骨学実習は二八コマから一五コマに変更されることとなった。それに伴って、亀田教授は、山科教授の意見で、解剖学Ⅰ及び骨学実習の科目責任者は亀田教授とし、原告、村上専任講師、平本専任講師がその分担者になる旨の科目責任者変更願いを同年六月一〇日付けで作成し、佐藤医学部長に提出した。そして同年六月二五日開催された医学部教授会において、右科目責任者変更願いが承認され、亀田教授が解剖学Ⅰ及び骨学実習の科目責任者となった。
平成三年九月一八日の教室会議において、亀田教授は、亀田単位の教員に対して、同月二五日の教室会議において、解剖学Ⅰの講義分担の話合いをするので出席するように通知し、その教室会議には原告も出席していたが、原告は同月二五日の教室会議を欠席した。
平成三年度の亀田単位の講義分担は解剖学Ⅰ及び解剖学Ⅱであり、亀田教授が二年生に対して一学期に行われた解剖学Ⅱをすべて担当することになっていたことから、一年生に対して二学期に行われる解剖学Ⅰについては原告、村上専任講師、平本専任講師によって分担するのが適当であると考えた亀田教授は、平成三年一〇月二日の教室会議において、原告に対して、解剖学Ⅰの講義を一部分担するように指示したところ、原告は、当初、「本来は自分が科目責任者であったにもかかわらず、それを取り上げておきながら、今度は、その一部を担当せよというのはおかしい。」と言ってそれを拒否し、その後、同月九日の教室会議においても、「初年度は、まず科目責任者である亀田先生が手本を示すべきだ。」と言って拒否していたが、亀田教授及び村上専任講師の説得により、「筋についての講義はするが、消化器、呼吸器、泌尿・生殖器の講義は担当責任者がすべきだ。」とやや妥協し、さらに亀田教授が、亀田単位の全体の講義コマ数は六五コマであること及びその分担者は亀田教授、原告、村上専任講師、平本専任講師の四名しかいないことを説明し、「筋は四コマしか講義がないので、筋についてしか講義をしないのであれば(分担が不公平に過ぎ、)助教授としての義務を果たしていない。」と説得したところ、最終的に解剖学Ⅰの講義のうち一〇コマ分の講義の分担を承諾した。原告も、亀田教授に対して、「最初の講義ぐらい科目責任者が学生の前に顔を見せるべきだ。」と主張し、亀田教授はそれを容れて、解剖学Ⅰの最初の授業は亀田教授が担当することとなった。
平成三年度に亀田単位が担当している講義は解剖学Ⅰの二七コマ、解剖学Ⅱの二六コマ、神経系Ⅰの一二コマの合計六五コマあり、亀田教授は二七コマ、原告は一〇コマ、村上専任講師は一七コマ、平本専任講師は一一コマを分担した。
(4) 解剖学Ⅰの試験問題作成の分担について
平成四年一月二二日、教室会議において亀田教授は、原告に対し、解剖学Ⅰの原告が講義を担当した部分についての期末試験問題と追試験、再試験の試験問題提出を指示したが、原告は「科目担当者が試験問題を作成すべきであるから、提出しない。」と言って、これを拒否した。
亀田教授は、原告が試験問題を提出しない旨を表明したので、佐藤医学部長に相談に行き、佐藤医学部長の助言により、原告に対して平成四年一月二九日までに右試験問題の提出を命じる同年一月二七日付け書面(<証拠略>)を作成し、同書面は、同年二八日ころ原告に交付された。原告は右書面を受け取った後、原告の解剖学Ⅰの講義分担部分の内容を示す程度の問題を作成し、同月二九日亀田教授に提出したが、同年二月五日の教室会議の席上、亀田教授はこれを不十分として原告を問責し、結局、原告の講義分担部分の試験問題は亀田教授が作成した。
(5) 骨学実習の試験問題作成の分担について
平成四年一月二九日の教室会議において亀田教授は、原告に対し、骨学実習の原告の講義分担部分について試験問題と追試、再試の問題を作成して提出するように指示したが、原告はこれを拒否し、結局、提出しなかった。骨学実習の試験問題は亀田教授が作成した。
(6) 研究者会議における研究報告について
亀田教授は、月一回、教室会議の後、研究者会議を開き、各教員は、その研究結果を報告するように指示していたが、原告は、一回も研究報告をしていない。
(二) 判断
(1) 解剖学実習説明講義の分担について
前記認定のとおり、原告は、亀田教授の平成三年九月一七日の合同教室会議における解剖学実習説明講義の分担の依頼を拒否したものである。
しかしながら、原告が右依頼に応じなかった理由は、寺田元教授が指導していたころは実習説明講義を行っていなかったため、初年度は亀田教授に手本を示して欲しいという点にあったということができるから、原告が不当な理由により亀田教授の依頼を拒否したとまで断ずることはできない。
また、前掲各証拠によれば、亀田教授が原告に対して解剖学実習説明講義の分担を求めたのは、原告の自発的な協力を求めたのであり、その実施を指示、命令したものではなく、依頼したにとどまるものと認められ(亀田教授もこれを自認していると考えられる。)、それ故に、右依頼が承諾されなくても原告に対して特に措置が執られたことはなく、平成三年度は亀田教授一人で解剖学実習説明講義を担当することが決定されたということができる。
したがって、原告が亀田教授の平成三年九月一七日の合同教室会議における解剖学実習説明講義の分担の依頼を拒否したことをもって、原告が亀田教授の業務上の指示、命令に対して不当に反抗したということはできないし、これにより亀田単位の秩序が乱されたことを認めるに足りる証拠はないから、原告の右拒否が就業規則六二条五号の懲戒事由に該当するということはできない。
(2) デモンストレーション遺体解剖の実施について
前記認定のとおり、原告は、平成三年九月ころ、亀田教授からデモンストレーション及び解剖学実習試験のため遺体解剖を行うように求められたが、これを拒否したものである。しかしながら、亀田教授が遺体解剖の実施につき業務上の指示命令を発したことまで認めるに足りる証拠はない。
よって、原告の右拒否が就業規則六二条五号の懲戒事由に該当するということはできない。
(3) 解剖学Ⅰ講義の分担について
前記認定のとおり、原告は、平成三年一〇月二日の教室会議における亀田教授の解剖学Ⅰの講義を一部分担するようにとの指示を拒否し、さらに同月九日の教室会議における亀田教授の同様の指示も当初拒否したものである。
原告が述べた右拒否の理由は原告の助教授としての地位及び職責に照らし正当な理由と認めることはできない。
しかしながら、原告は、結局、亀田教授及び村上専任講師の説得により解剖学Ⅰのうち一〇コマを分担することを承諾し、担当範囲の講義を行っているから、右分担は前記認定の亀田教授及び他の教員の分担コマ数と比べ、助教授としての職責を十分に果たしたものといい難いものの、原告が亀田教授の平成三年一〇月二日及び九日の教室会議における解剖学Ⅰの講義の分担に関する指示に対して不当に反抗し、もって亀田単位の秩序を乱したとまで認めることは難しく、就業規則六二条五号の懲戒事由に該当することは否定せざるを得ない。
(4) 解剖学Ⅰの試験問題作成の分担について
前記認定のとおり、原告は、平成四年一月二二日の教室会議において亀田教授がした、解剖学Ⅰの原告が講義を担当した部分についての期末試験問題と追試験、再試験の試験問題の提出の指示を拒否したものである。
原告はその後亀田教授から書面により右試験問題作成を求められてから、一応試験問題を作成、提出しているが、その後、亀田教授が自ら問題を作成しているほか、後記のとおり平成四年二月五日に開かれた教室会議において原告が作成した試験問題の当否が議論として取り上げられ、亀田教授と原告との間で激しい議論となり、その終了後本件殴打事件が発生していること、右教室会議における原告の発言内容を考えると、原告は前記のとおり解剖学Ⅰの科目責任者が原告から亀田教授に変更されたことから、亀田教授の前記指示に反発し、反抗的態度に終始したものであり、その結果職場秩序を乱したものといわざるを得ない。
したがって、原告は業務上の指示命令に不当に反抗したものであり、就業規則六二条五号の懲戒事由に該当するというべきである。
(5) 骨学実習の試験問題作成の分担について
前記認定のとおり、原告は、平成四年一月二九日の教室会議において亀田教授がした、骨学実習の原告の講義分担部分について試験問題と追試、再試の問題を作成して提出するようにとの指示を拒否し、結局、作成しなかった。
原告は右指示を受けた事実を否定するが、原告が骨学実習の講義を分担した事実及び亀田教授は講義を分担した者に分担部分の試験問題を作成させていたことからして、亀田教授が右指示をしたことを証する証拠(<証拠略>)は信用することができ、原告の主張に沿う証拠は採用することができない。
原告の右拒否には何らの正当性も認められず、それは亀田教授の指示に対する不当な反抗というほかなく、原告の助教授という地位と職責及び試験問題の作成は本来の教育業務の重要な一部であること等にかんがみると、原告の右拒否は亀田単位の他の教員に少なからず影響を及ぼしたことが容易にうかがわれ、亀田単位の秩序が乱れたことが認められる。
したがって、右事実は就業規則六二条五号の懲戒事由に該当するものである。
(6) 研究者会議における研究報告について
前記認定のとおり原告が研究者会議において報告を行わなかったものである。
被告は右事実をも懲戒事由として主張しているが、本件懲戒処分の告知書には、理由の(2)<2>として「解剖学実習説明講義や解剖学講義等教育業務の分担に関する亀田教授の依頼を常に拒絶し、」と記載されており、右「等」として主張することができるのは、あくまでも解剖学実習説明講義や解剖学講義に準ずる教育業務の分担に関する事柄に限られるものと解すべきところ、研究者会議において自らのデータを示さなかったとの事実はこれに該当しないことは明らかであり、被告は本件懲戒処分当時懲戒の対象としなかった非違行為を懲戒事由として主張することはできない。
5 告知書理由(2)<3>(「ご報告」なる書面の流布に関する事由)について
前記争いのない事実等において認定したとおり、原告が、平成四年六月三〇日、「ご報告」と題する文書を学園の関係者に郵送したことは当事者間に争いがない。また、その内容についても争いがない。
被告は、右事実をもって、原告が亀田教授に強度の反抗を行ったことを示すものであり、被告の就業規則六二条五号「業務上の指示命令に不当に反抗し、職場秩序を乱したとき」に該当するものであると主張する。
しかしながら、右事実は、原告の上司による具体的な指示命令が行われたことを前提とするものではなく、したがって、具体的な指示命令に対して原告が反抗したとの事実と認めることはできないのであって、右事実を就業規則六二条五号に該当する他の事実によって懲戒処分を行う場合の背景事実として考慮することは認められるとしても、右事実そのものを就業規則六二条五号に該当するものとして懲戒処分の対象とすることは許されない。
したがって、本件懲戒処分のうち、告知書理由(2)<3>記載の事実を懲戒理由としたことは不当である。
6 告知書理由(3)(本件殴打事件に係る告訴に関する事由)について
(一) 事実関係
前記争いのない事実等及び証拠(<証拠・人証略>)を総合するとこの点に関して以下の事実が認められ、これに反する証拠(<証拠・人証略>)は採用することができない。
平成四年二月五日、午後〇時三〇分ころより、教室会議が開かれた。その席上、原告が亀田教授に提出した解剖学Ⅰの試験問題について亀田教授と原告との間で激しい議論が行われたが、午後〇時五〇分ころ、原告が「メモです。」などと、原告が提出した試験問題は、正式な問題ではなく、講義を担当した部分の内容に関するメモにすぎない旨を発言し、席を立ったことで教室会議は事実上終了し、原告は、教室会議の行われた部屋より外へ出た。教室会議に出席していた者のうち、藤田技術員、石田技術員、櫻木助手が外へ出て、その後、亀田教授も外へ出たが、そこには原告がおり、亀田教授に対して何らかの侮辱的発言を行った後、その場で反転し、亀田教授に背を向けるようにした。原告が亀田教授の前で亀田教授の進路を阻むような形で立っていたので、亀田教授は原告を右側に押しやろうとして右手で亀田教授に背を向けている原告の身体の一部を押したところ、原告はその行為に対して、暴力を振るったものとことさらに大声で騒ぎ立てはじめた。亀田教授が原告と対峙するのと前後して、櫻木助手がその場に現れ、亀田教授が原告を押しやったのを目撃し、原告が右騒ぎ出したのと同時にこれは問題であるなどと発言した。亀田教授はすぐにその場から立ち去った。
平成四年三月二六日、原告は亀田教授を平成四年二月五日における原告に対する傷害行為をもって相模原警察署に対して告訴した。
(二) 判断
以上の事実を前提として、原告が亀田教授を告訴した事実が就業規則六二条五号に該当するか否か検討するに、右事実は、原告が亀田教授に対して強度の反抗的態度を示したものとは言うことはできるとしても、これをもって原告が上司の具体的な指示命令に従わずに反抗したものであるということはできない。
被告は亀田教授と原告とが接触した直前の教室会議において試験問題の提出に関する亀田教授の原告に対する指示があったことを主張するが、原告が試験問題に対する指示に反抗して告訴を行ったものとは認められず、被告の右主張は理由がない。
したがって、原告が亀田教授を告訴した事実をもって、これが就業規則六二条五号に該当するということはできない。
7 処分内容の相当性及び懲戒権の濫用について
以上によれば、本件懲戒処分において就業規則六二条五号に該当すると認められる事実は、平成四年一月二二日の教室会議において亀田教授がした、解剖学Ⅰの原告が講義を担当した部分についての期末試験問題と追試験、再試験の試験問題の提出の指示を原告が拒否し、その後も反抗的態度に終始した行為及び同年一月二九日の教室会議において亀田教授がした、骨学実習の原告の講義分担部分について試験問題と追試、再試の問題を作成して提出するようにとの指示を原告が拒否した行為である。
右各事実は、告知書記載の事実のうちの一部にとどまるが、原告の本来の業務の中核たる教育業務についての所属上長の指示に対して不当に反抗して職場の秩序を乱したものであり、原告が助教授という地位にあることからすれば、その重大性を看過することはできない。
亀田教授の原告に接する態度について適切とはいえない部分があったと認められるが(<証拠・人証略>)、これを考慮しても、右各行為の重大性を否定することはできないから、被告が原告に対して行った一年分の昇給停止の懲戒処分は、当該具体的事情の下において、それが客観的に合理的理由を欠き社会通念上相当として是認することができないものとはいえず、権利の濫用として無効になるものではない。
したがって、本件懲戒処分が無効であるとの原告の主張は理由がなく、本件懲戒処分により昇給が一回停止されたことにより生じた平成七年四月分以降平成八年八月分までの差額賃金の請求は理由がない。
第五結論
以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求のうち、本件懲戒処分の無効の確認を請求する部分については不適法であるからこれを却下し、その余の請求については理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の点について民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 髙世三郎 裁判官 松井千鶴子 裁判官 植田智彦)